息を吐くこと(からだからの平和探求)

 
私のセッションでは、お客様がゆったり横たわってお休みになっている間

その傍にたたずんでいる時間が度々ある。(特にエサレンのセッションではよくある)

10分にも満たない時間で、手を触れてはいないけれど

私のこころはお客様に寄り添い、こころで手を当てている。

そうして、その場の澄んだ平和な感じを共有するのが私は好きだ。


この、平和な感じはどこからやってくるのかと、今日ふと思った。

深い呼吸により、浮き沈みする背中。

背骨の柔軟な動きが背中を大海原のようにみせている時もある。

ただ、息を吸ったり吐いたりしている、その呼吸の連続が美しい。

静かな呼吸、ゆったりした呼吸から平和な感じがするのだろうか?(それだけではないと思うけど)


息を吸うのは、頑張ればたくさん吸うことは可能だ。

でも、吐くのはがんばるには限界がある。

長くゆっくり吐けると、無理なく自然に吸気できる。吐く息に注目すると、呼吸の深さに気づけるような気がする。

平和な感じや安心感は外から得ることもできるかもしれないけれど、

呼吸を感じることで、いつも自分の中にそれらがあることを知ることができ、体感できる。


人が見たり、手に取ったりできない概念を

実はからだでちゃんと感じて、実感することは可能だと最近確信している。

だから、からだで感じることを信頼してさらに研ぎ澄ましたいと思う。




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